考え方が変わるきっかけはあったのですか?
大学2年のある日、大学で半導体商社を営むベンチャー企業社長の講演を聴く機会がありました。社長のメッセージは、「会社は共生の場」「皆がハッピーになる社会を作る」。前述のように、ボランティア活動にもどかしさを持っていた私は強い感銘を受けました。「企業で働くことで一気に社会に影響を与えられるのではないか」という考えに変ったのです。そこで社長に志願し、その会社でインターンシップ生として働かせてもらうことになりました。
身をもって体験すると、そのスピード感、効率性の差に驚くと共に、非常に面白みを感じました。「経済性」という共通指標を用いることで、業務の効率性が高まることも
思い知らされました。
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実際にはどういった業務を行っていたのですか?
その企業はちょうど上場直前で、新規事業を立ち上げているところだったのですが、その部に配属されました。社内の顧客管理ノウハウをパッケージ化してコンサルティングを行う部署で、当時私は20歳そこそこでしたが、「コンサルタント」の名刺を持ちながら営業活動を行いました。変わったところでは、サービスの一環として米国で開催される展示会に20人弱の顧客をアテンドしたこともありました。
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そのまま就職しよう、とは考えなかったのですか?
非常に充実した毎日を送っていましたが、根がせっかちということと、折角大学生なのでより広い世界を見てみたいという思いから、コンサルティングを本業としている会社で業務を経験したいと考えるようになりました。3年の夏からは大手シンクタンクでインターンとして働き始めました。
大手ということもあり、そこでは顧客と接することはありませんでした。資料作成等のリサーチ業務を担当しましたが、やはりそこは「シンクタンク」、ビジネスマン集団というよりも専門家集団、研究所的な雰囲気でしたね。ちょうど就職活動をそろそろ考えなければ、と思っていた時期だったのですが、折よくメリルリンチ証券の投資銀行部門にて活躍されていた方を紹介して頂く機会に恵まれました。
その方の話を伺う中で、投資銀行で働くことに強い興味を持ちました。投資銀行のスピード感、追い込まれ感、コミットして実行する文化に魅力を感じ、実際に就職活動では幾つか投資銀行を受けました。最終的には、人と人とで仕事をするという社風が肌に合うと感じたメリルリンチ証券に入社することを決めました。
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企業を選ぶ時に何か基準は持っておられますか?
当時から現在に至るまで、自らのキャリアの大きな軸は「社会を良くしていくために、自身が社会に対して影響力を持つことの出来る人材になっていく」こと。その成長のステージとして常にビジネスの場を考え、自身が成長するためには常にプレッシャーがかかる状況でないといけないと思っています。そういった環境が得られるかどうか、が一番の判断基準になります。「Pressure makes diamond」(注:ダイアモンドが炭素に超高圧がかかることで出来ることから転じて、激しい競争と緊張の元、人が成長することを表す)は自身の座右の銘になっていますね。
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実際に投資銀行での仕事は如何でしたか?
とにかくものすごく働きました(笑)。徹底した成果主義で、成果を出すために働かないと仕方がない。1日20時間くらい働いていたと思います。でもその中で、自分自身のビジネススタンスを築くことができました。
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退職されたきっかけは?
投資銀行では若手の期間はだいたい7年ぐらいといわれているのですが、5年間働いて、若手としては一通り勉強した感覚がありました。また、出世すると顧客探しがメインミッションになるのですが、それならば投資銀行で無くても良かったかと。
そして一通りのスキルセットが身に付き、だいたいの案件を見ればある程度流れがイメージできるようになってはいましたが、一方で、一番大事にしている「社会に影響を与える人間に近づいているのか」という質問には、yesと答えることが出来なくなってしまっていた。これも大きな理由のひとつです。エージェントとしてではなく、当事者としてビジネスに携わることを考え、転職を決意しました。
⇒後編に続く。
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